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和歌山地方裁判所 昭和29年(ワ)169号 判決 1958年8月20日

原告 和田嘉男 外一名

被告 紀和交通株式会社

主文

被告紀和交通株式会社の設立は之を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

一、被告会社は資本金二百万円、株式総数四千株、一株の金額五百円、営業目的は「自動車による一般旅客運送事業並に右に附帯する一切の業務」を営むこと、とし、小泉金一郎外六名が発起人となり募集設立の方法により昭和二十七年九月三日創立総会を終結し、同月四日設立登記が為された。

而して発起人の氏名、引受株数並原告両名の引受株数は次の通りである。

発起人 額面株六〇〇株 金三十万円 小泉金一郎

〃    〃二〇〇株  金十万円 浜野義信

〃    〃二〇〇株  金十万円 奥野亮一

〃    〃四〇〇株 金二十万円 小沢忠治

〃    〃二〇〇株  金十万円 梅本忠臣

〃    〃二〇〇株  金十万円 山本文造

〃    〃二〇〇株  金十万円 藤村豊

合計 二〇〇〇株  金百万円

総株式四千株の内半数に当る二千株を前記発起人七名に於て引受け残部二千株は株主を募集し、原告和田嘉男外九名に於て各二百株宛申込を為し、原告等両名は各二百株宛の割当を受け、その引受を完了した株主である。

二、ところが、右創立総会終結の当時資本金二百万円に相当する株金の払込は全然無かつたばかりでなく、その後も株金の払込はなされず、会社資本の充実は為されていない。

即右小泉は同年九月三日株金払込銀行である株式会社興紀相互銀行大阪支店に対し金百万円の約束手形一通を預け入れ、且一両日中に返済する約束で他より借用した金百万円を預け入れ同銀行より所謂「預け合い」による虚偽の金二百万円の株金保管証明書の交付を受け以て払込のないのに之を仮装し翌四日、所轄法務局を欺罔して設立登記を為したものである。而して右借用の百万円は即時返還したから設立登記の際会社資本は零であつた。

三、凡そ株式会社設立の際に於ける引受株式の払込については法は厳に株金の現実の払込を要求して居り必ず株式申込証に記載の株金取扱場所である銀行に於て払込を為すを要することは商法の明規する所であるから預け合いによる払込仮装のため全然払込のなかつたときはその会社の設立は無効であると言はねばならない。

四、被告の主張に対し、

(1)  原告嘉男所有の土地、建物につき被告と賃貸借関係はない、即原告嘉男は被告会社設立に当り、前記小泉金一郎と相談の上、原告嘉男に於て金九十万円、小泉百十万円を各出資すること、としその準備に着手し、原告嘉男は金七十万円の現金を出捐して、会社のため、車庫、営業所、敷地等の設備を整えた。而して、会社設立認可を受けるため必要であつたため仮に賃貸借契約があるように仮装して乙第一号証(賃貸借契約証書)を作成したものである。

(2)  原告等は各二百株(十万円宛)の株式引受人であつて、現実の払込はしていない事は認めるが、前記土地、建物を提供して居り、右は現物出資の手続を経ていないが、用益出資をしているから株主であると主張するものである。

と陳べ、立証として甲第一号証乃至第五号証を提出し、証人小沢忠治、同浜野義信、同奥野亮一、同柴原慶二、同梅本忠臣、同山本文造及原告本人の各訊問結果を授用し、乙号証については、第一号証は成立を認めるが、立証趣旨を否認し、第二号証乃至第七号証は何れも不知と陳べた。

被告訴訟代理人は、原告請求棄却の判決を求め、答弁として、

一、原告主張事実第一項については、原告等が各二百株の株式なる点を除き全部認める。

二、第二項の主張は否認、即小泉金一郎は原告嘉男と協議の上、原告和田嘉男所有の自動車倉庫用の建物及敷地を利用して、一般旅客運送業を企図したのであるが設立準備中紛争が起り発起人その他株式引受人に於て払込期日である昭和二十七年九月三日になるも払込を為さなかつたので、右小泉に於て払込不履行者の分を全部払込を了したものである。尚右原告嘉男所有の土地建物は被告との間に賃貸借契約を締結し被告会社に於て賃借している。

三、その後、会社設立の後援者たる前田頼一、川端栄次郎、古田吉弘、入山一夫、石原正俊、土山安夫等の協力を得て、同人等の株式引受の下に会社資本の充実を来し、事業の遂行に何等支障を来さない次第であるから、今更株主でもなく取締役でもない。原告等より会社設立の無効を云々せらるべき筋合ではない。依つて原告等の請求は棄却せらるべきである。

旨陳述し、立証として乙第一号証乃至第七号証を提出し、被告代表者小泉金一郎の訊問結果を授用し、各甲号証の成立を認めた。

当裁判所は職権により被告代表者の訊問を為した。

理由

被告会社が資本金二百万円、株式総数四千株、一株の金額五百円、営業目的は「自動車による一般旅客運送事業並に右に附帯する一切の業務」を営むこと、とし、小泉金一郎、浜野義信、奥野亮一、小沢忠治、梅本忠臣、山本文造、藤村豊の七名が発起人となり右発起人に於て二千株を引受け、残株二千株につき原告嘉男他九名が各二百株宛引受け昭和二十七年九月三日創立総会を終結し、同月四日設立登記がなされた事については当事者間に争いがない。

そこで先づ原告等が訴の当事者として株主資格を有するや否について判断する。

原告等両名が被告会社の株式各二百株(金十万円)の申込を為しその割当を受け右株式の引受人となつたこと、及払込期日である昭和二十七年九月三日迄にその払込を為さなかつた事については当事者間に争いがない。原告等は金七十万円に相当する土地建物の現物につき用益出資を為したから払込を完了したものと主張するけれ共右については何等現物出資の手続を経て居らないことは原告等自ら主張するところであるから、右は株金の払込は現金を以て為すべき商法の規定の趣旨に照し払込と認めることは出来ない。

然し乍ら、株式引受人が払込を為さないときは、発起人は通常の強制執行の方法により払込を強制することが出来るし、又失権手続をとることも出来るが本件の場合その何れの手続をも執らなかつた事は、被告の主張自体よりも窺えるし、被告会社代表者訊問の結果に徴しても明かである。従つて原告等は、未だ株式引受人としての地位を喪失して居らないのであつて、株式申込人による株式引受が株式申込人と設立中の会社の機関である発起人との間の契約であつて株式申込人が設立中の会社に入社することを目的とするものと解するから、未だ現実の払込が為されなかつたからと言つて訴訟当事者としての株主たる資格はないと言う事は出来ない。

次に、本件被告会社設立無効の点について判断をする。

一、先づ昭和二十七年九月三日創立総会終了時に於て、株金払込取扱銀行に現実に払込のあつたかどうかについて考えて見る。この点について証人竹中郁朗の証言によると、証人は当時被告会社株金払込取扱銀行である株式会社興紀相互銀行大阪支店の支店長であつたが、小泉金一郎の依頼により、金二百万円を同人に貸付け被告会社名義の預金とし、設立登記完了迄は引出しをしないこととして登記完了後、右預金と貸付金とを相殺したことが認められるこの点に関する被告会社代表者小泉金一郎の証言は措信しない、その他右証言に反する証拠はなく、被告提出の乙第二号証(株式払込保管証明書)は、証人橋本安秀の証言によると、同証人が右銀行大阪支店就任以前に於て作成されたものであり、而も同証人の作成したものではないことが明かであるから右竹中の証言と照合し虚偽の証明書と認める。

そうすると、被告会社の創立総会の終了時である昭和二十七年九月三日には全然株金の払込が無かつた事は明瞭である。

二、株式会社の成立には株式の引受があれば足り、払込はその後の資本維持の問題であつて、設立無効原因とは関係がないとする説があるが、株金の払込が完了していないに拘らず創立総会を開き之が終了したときは会社が果して成立するかどうかについては、その払込の欠陥の程度如何によるものであつて、その程度が全株式の総数に比し軽微であつてこれがために会社資本の強固及事業の遂行に障害を生じない場合には発起人に於て払込につき連帯責任を負い之を補填することにより会社の成立を認めるを妨げないが本件のように払込が皆無の場合には、右発起人の払込責任を以て救済する余地が無いものと解する。

三、次に被告は、会社設立後後援者の協力により資本の充実を来し、事業の遂行に何等支障を来していない、即右払込の欠陥は補充されたから設立無効を来さない旨抗弁するので、之につき考えるに改正前の商法に於ては、無効原因たる瑕疵が補充されたとき、又は会社の現況その他一切の事情を斟酌して設立を無効とすることを不適当と認めるときは請求を棄却することが出来る旨の規定があつたが、現行法に於てはこの規定は削除せられた、従つて現行法の解釈としては、設立無効の原因である瑕疵か軽微であるか又は補充されて原告が訴を起す正当な利益を有しない場合、その訴の提起が権利の濫用と認められる場合に限りその請求を棄却すべきものと解する。

そこで本件について先づ被告会社がその設立当時の瑕疵を補充したかどうかにつき、考えて見るに、被告会社は設立登記後後援者の協力を得て資本の充実を為した旨主張し、その方法として旧株式引受人よりの名義書換により新たに株式を取得したと為し、乙第三号証の一乃至七を提出しているが、之に関する被告会社代表者の訊問の結果は容易に措信し難く、その他之を立証するに足る証拠はない。

次に、原告に訴の利益があるかどうかについては被告会社の営業に使用している土地及建物は原告嘉男の所有であることは当事者間に争いなく、原告本人の供述によれば、この土地建物の設置に金七十万円を出捐して被告会社にその用益を提供し、賃料として月一万五千円を得ていることが認められ、被告会社の財政の基礎が鞏固であるか否かについては利害関係を有するものであるから訴の利益なしとすることは出来ない。

以上何れの観点よりするも、被告会社の設立は無効といい得べく、依つて、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山田常雄)

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